こんにちは。
自然災害が続きますね。先日の台風で被害に遭われた方々に、一刻も早く日常が戻りますことを願っています。
身内の者が歳を重ねていくのを見るにつれ、遠く離れて暮らす彼らを案じることが増えてきました。ことに、予見される災害が近付くと心配になります。
先日においては、路上で生活する方が避難所の使用を断られたというニュースもありましたね。税金を納めていない者が国に助けを乞うな、という意見も見られますが、援助者個人の善意や支援では追い付かぬことをこそ行政というのはするべきなのであり、支援の必要な対象を社会全体で支えるために税金という制度がある訳です。うーむ、そこを見誤ってはならない……
あとこの件とは対照的(?)に、地価の高い土地が被害を受け、そこに暮らす人々を嘲笑するかのような反応もあるそうな。単純に考えれば、僻みから来る反応なのでしょう。私も社会の底辺というか、底辺よりさらに底の底の、掃き溜めの中に生きているので、まぁ分からなくもない。妬み僻みから出る感情は醜い。そういった感情を煽るような驕りもまた醜い。けれど最も劣悪なのは、持てる富の多少によって暮らす場所のみならず心まで分断される社会の在り様であり、そして、そういった社会を創ってきたこの国の仕組みであると思います。ふむ。
災害が起きるといろんなことが見えてきますね。政府や行政の対応然り、国民個人の心に堆積していた鬱憤然り……なんだかギリギリの社会に生きている気分になる。
こんなことを考えて悲嘆に暮れながらも、本館の更新は煩悩だらけの残念な感じです。馬鹿をやってでもいないと、やってらんないのだ、ということにしておく。
拍手ありがとうございます!
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需要のほどが不明な落書きログを上げてきました。更新する内容がないから苦肉の策なんだぜ。
着手している作文はあるのですが、もう少し生活が落ち着いてから出します。出し惜しみするようなものでもないんだけども。そこまで長くなる予定はないのだが、一度公開を始めると、あれこれ公開スケジュールを考えて意識を奪われてしまうので……
とりあえず、目の前の日常に疲弊するばかりで、余暇活動的なことが一切手に付かない。
いやいや、本を読むことだけはできているので、まだ当分大丈夫かな。読書の秋、と開き直ることにいたします。
拍手ありがとうございます。
読んでみたいと思いつつ、物語の長さと、聞くところによる読了ギブアップ率に慄き、手を出せずにいた『ドグラ・マグラ』。憑かれたんぢゃないかと思ふやうな速度で竟に読み通したのであるが、一睡したのちも心奪はれた儘でゐる。
内容に触れることは止します。この作品の読み難さというのは恐らく、トリックじみた構成のみならず、その豊富な文体にあるのではないだろうか。文章的に、現代日本語と比較して取っ付きにくい箇所はそこそこあるな。漢文調や論文調が苦でないばかりかどうやら好きらしい私には垂涎ものでしたが。
読んでいる最中、これが本当に戦前に書かれたものなのか……と何度も疑いました。構成に手が込んでいます。そして古くない(と思うのは、私の読書量があまりにも少ない所為やもしれません)。つい先ほどは、現代日本語に慣れ親しんでいる身では難解だとか何とか書いておきながら、言い回しまで古くないように思われてきたのでした。おかしい。
それにしても、読了した者は一度は精神に異常を来す云々の宣伝文句。知りながら、「ハハン……これくらいがドウだ、たいしたことないじゃないか」と中盤までは笑っていたのですが、読み終えてしまうと笑ってもいられない。こいつは確かにとんでもない(褒めてる)、としばらく空を見詰めました。
しかし私は一向に、精神に異常を来してなどおりません。アッ……最初から異常なのだった……ウーン、うっかり、うっかり。
そういう訳でとんと作文に手が付かなくなり、本館の更新は滞るばかりという。大きな仕事も一つ控えているし、じたばた藻掻き回らず大人しくしていよう。
私一人が藻掻いたところで、世界には漣一つ立ちはしない。よしよし。それならばと一層息を潜めるばかり。
(9/28追記)
突発小話の扱いに手を焼いている。
拍手お礼としてより、もったいぶらずフワッと公開しといたほうがいいような気がして、普通に作品ページに移しました。見せ方に迷いが出てきた。そもそも、「公開する意義……」とか考え出したのでいけない。
そして今になって気付いたけれど、永住編小話の一つを三人称で書いてしまっていた。がーん。本編が一人称なの、すっかり頭から抜けていた。だめだこりゃ。とりあえず放置を決め込むキリッ
放置中の拍手お礼がだーいぶ季節外れだったので、秋バージョンに更新しました。
お礼3種くらいにするつもりが、調子に乗って増えてた……でも拍手用のつもりで超短文だし、普段より雰囲気小説だし、もういいやーって感じで拍手にぶち込んじゃいました。
どうして調子に乗っていたかと言うと、フリーのテキストエディタ(Mery)を使ってみたところ、使い勝手が良すぎて感動したからです。あったらいいなという機能が十分に備わっている。文章書くしかないよね。
そういう訳で書いたものはすべて突発ネタです。連想ゲームみたいなものばかり。
しかし考えてみたら、十年近くWind●wsのメモ帳でサイトページ全部作ってたんだな……よく嫌にならなかったものだ。最低限の機能のものを、根性だけで使い切るのが得意です。あるいは力技という。
作文していて一番不足を覚えるのが、メモ帳に文字カウント機能がないことでした。それもすっきり解消され大満足なのであった。
そして、無印●品BGMとコーヒー(とちょっとアロマ)があれば言うことなしですよ。
文章書くのはとても遅いのですが、これだけ作業環境を整えるとストレスフリーどころか癒やされます。わりとストイックにPCの前に座り続けるけれど、もはやそれが癒やしになる訳です。環境作りって大事。
……にしても、チェックのため拍手1回押してみたら、解析画面上では5回押されたことになってて、大丈夫かこれってなってる。バグ? もしかして、拍手ありがとうございます! って毎回喜んでたけど、あれも全部バグ? とか疑い出す始末。まさかお礼を準備する必要もまったくなかったとかいうオチでは……
まぁ書いていて楽しかったしいいや、ということにします。
どうでもいいですがキャンプに行きたくて仕方ありません。でも一緒に行く人がいません。不慣れすぎるけどソロキャンプを目指したらいいのか(遠い目)
いい加減しっかりしなきゃと思って、セルフレーティングについて考えていた一週間。いや、もうずっと前から考えていたのだけど、答えが出なくて。もやもやすると文字に書き起こす習性があります。そういう訳で、思考をまとめるための小記事も本館に投げておきました。aboutや目次の年齢制限表記からリンクしてあります。迷ったらここへ立ち返る。よし。
そう。作為的に年齢制限ものを書きました。それを発表するに当たり、思考を余儀なくされたという感じです。草食系というか草なので、書いてるうちに正気に戻って照れたり自重したり。結果、結構なぬるさになりました。ご容赦ください。痛いのとか可哀相なのとか滅法苦手でして、どんなに頑張っても生温く優しいものしか生まれません。仕方ない。
しかしこうして一応の年齢制限基準を作ってみて、過去に書いたものも自主基準に引っ掛かるのでは? と思わないでもないのですが、ひとまず無印で置いておきます。うーん難しい。
話は変わりますが、くろふぁい風自作曲をひっそりと修正版に上書きしています。
ミックスをやり直したいなーと思いながら、早半年近く経ってしまった。ようやく体調が落ち着いてきたので、音の聞こえ方も少しはまともかしらと思って着手。むくみだけで6kg分くらいあったからね……ぜったい聴覚器までむくんでいた……恐ろしい。
で、とりあえず形にしていたデモ音源を改めて聞いたら、案の定なんじゃこりゃーというバランス具合で。半年前の私は高音と低音が聞こえていなかったらしい。ひえー。
その時々のクリアな感覚というのを信じて生きているフィーリング系人間ですが、自分の主観ほどあてにならないものはないなぁと最近痛感します。そもそもが感覚過敏なので、聞こえている音とか見えている光が周囲の人とは全然違う気が……。とりあえずこれだけ信じて生きていこう、という指標を失いつつある。ピンチ。
拍手ありがとうございます!
壁打ちらくがきを上げてきました。
まとめるのが面倒で放置しがち。そもそも人様に晒せるものなのかとか考え出すと、面倒とかでなく打ちっ放しで放置しがち。
いや、もうすでに酷いものを晒しまくっているからいいか、と開き直っていまここに_(┐「ε:)_
漫画らしいものを描き始めたのは作文を始めるよりも早くて、中学生くらいまではらくがき壁打ちばっかりしていました。サイトを始めるにあたり、当時はネット環境も十分でなく、デジタル絵はアナログの1000倍くらい酷いし、もちろんスキャナもないしで、妥協して作文に走った感じです。もっとも、作文は10歳くらいからオリジナルでいくつも書いていたからか、そこまで抵抗はなかったような。今では文章を書くより、絵を描くほうが苦手意識が強いかな……鉛筆を持つと手が震えるもんね……(怯え過ぎ)
というか手書きそのものが苦手なのか?(遠い目)字書くのも嫌い。コンプレックス。ログ上げたはいいが読める字なのか、と今更ながら不安になる。打ち直し必須か……
苦手なくせに描きたい、と惹かれてしまうのは何なのか。下手の横好き究極型の性分なのか。
どうして急にらくがきを上げたかというと、まぁいい加減整理しなきゃというのもあったのですが、次出そうと思っていた短文が恥ずかしいからです。なにをいまさら。
色気があるのか不明だけども、そのつもりで書いたものなので……レイティングにも迷っている。18? でもたいしたことないような気も……とかもだもだしています。
何はともあれ、お絵描きについては作文の息抜き程度にやります。上手にならなきゃとか思うとしんどいからね_(:3」 ∠)_ぼちぼち。
拍手、度々ありがとうございます!
プリンタ対応のプラバンで遊んでいた……右のは元絵。
THE 不器用。
ただ目論見が形になるということが楽しくてやっている。使う気は更々ない←
印刷用の材料持ってたけど使ったことなかったので、どんなかなぁと思って。思った以上に色の再現が難しい(そもそも色を組み合わせることが苦手……だから絵苦手なんだろうなぁ)。
文字だけのは、はがきサイズのプラバンの余白を埋めるため急遽ぶっこんだもので。小さくなりすぎて何にもならん(:3_ヽ)_キリで開けただけの穴は見事に潰れました……笑
(追記:すっかり存在を忘れ去っていたのだが、ピンバイス持ってました。無事穴開けできた)
絵心がなさすぎてめっちゃ狐に見えるんだけど、招き猫です(爆笑)
互いに招き合ってる感じでね……前掛けはくろー国の衣装モチーフです。あれ好きなの。
最近集中力がなさすぎて、らくがき漫画→作文→なんか物作りたい、という感じでふらふらしています。らくがきは溜まったら上げようかな。
昨年の今頃は確か物凄い勢いで作文していたはず……あのスピードと体力がほしい。ああ、何より集中力。集中力が来い。待ってる(:3_ヽ)_
カフェイン中毒が再発しつつある今日この頃。
もともとバリバリのカフェイン耐性体質で、2杯くらいコーヒーを飲んだ直後に安眠するあほなのですが、そのうち、カフェインがないと身体が動かなくなるという状態に陥るのでセーブしないと。
中毒といえば、先月の盆には、ヘビースモーカーだった亡き祖父の迎え火をしました。そのとき兄弟から煙草をもらい、「これぞあの人にとっては迎え火だろう」と笑っていたのですが、あれは喘息を誘発するので不向きでした。残念。形から入るタイプなので、憧れの人と同じことをしたくなるのです。そこが自分の浅いところだなぁと思うのですが、仕方ない。
さて、盆の話題が出た訳ですが、原作沿いの短い連載物は今回で終わりです。
突発的に勢いだけで書いて、内容的にお盆に合わせて出したかったやつ。でした。言い訳はあとがきでたくさんしました_(:3」 ∠)_
というか実は、これを書くことで書けるようになるものを書きたくて急いだ感があるのですが、今は違うものに力を注いでいるので、当初の思惑通りのものができる気がしない。
いつも思う、形にする前にあれこれ考えている時間が一番楽しいな。もちろん書いてるときも楽しいけど、時には作業的になってしまうこともあるので。それも最近では少なくなってきたような気がするけど(昔の文章は本当にそこがなってない、書きたいとこだけ書いて、つまるところ落書きである)(今は純粋に、ストーリーが形成されていく過程そのものを楽しめるようになってきた、気がする)(気がするだけか)。
拍手ありがとうございます!
すき。何年経ってもすき。
なんだか8月が終わるというのが信じられない。
というのも、体感的にとうに終わっているような気がするからなのだ……子どもの頃は、夏休みの終わりをこの世の終わりみたいに思っていました。集団生活とか同調圧力とか苦手だから。今でもそうだけど。
そういえば昨日、高校生の3割が休日に宿題以外の自習をしていない、みたいな記事を見かけて、そりゃしないだろうよ、と思いました。かく言う私こそ、宿題てきとうに片付けて漫画描くか作文するかばっかの人間でした。生きてるだけで褒められたいクズです_(:3」 ∠)_若い子たちも大変だよねぇ……ていうか若い子たちこそ大変だよ。学業に比べて、労働は一応お金もらえるだけマシなんだな、って大人になって思いました。もちろん社会的責任が生じる訳だけどもね。
でも結局のところ、休日のために何とか日々を乗り切る生き方というのは、子どもの頃から変わっていません。たぶん一生こうなんだろうな。やりたいことがあって、それがどんなに陰気なものでも心の支えにしていけるのなら、何はともあれ幸せなんだろう。そんな感じで今日もくろふぁいに浸かります。そりゃもうどっぷり浸かります。そうしよう。
拍手ありがとうございます^▿^
この曲もいいなぁって。黒様だな。口調が可愛すぎるけど。笑
これまで得てきたものを全部差し出してしまってもいいんだよ。もう少し寄っかかってくれ、信じられたらついてきてくれって。愛だよね。サファイアだしね。大好きな目の色だね_(:3」 ∠)_
最近自分の中で二人の相思相愛ぶりがすごいです。いや、自分の中だけではないか。全次元共通じゃったか。と勝手に納得するレベルにはすごいです。くろふぁいに侵食されている。
起承転結の起の部分だけ書いて止まっているパラレルがあるのですが、新たに書きたいものが舞い降りたり、お絵描きが楽しくなりだしたり、節操のない今日この頃です。
なるべく更新を滞らせたくないので、ふらふらよそ見している場合ではないのだけど。方向性が定まらずに、訳の分かんない更新をし始めたらごめんなさい。いや最初から訳分かんないか。いろいろ。
なんか、少し前の「もう何をやったってくだらんばっかだ。やめちまえ」っていう気分が消えてきました。昔書いた他ジャンルのものでも、あーそうそうこんなのが好きだった、って自分を肯定的に捉えられるだけの心の余裕が出ている。なぜか。やっぱり自分のやってることを好きだと思えないと、続けられないよね。ふむ。
最初は自分だ楽しければそれでいい、で始めたことも、ふと我に返って虚しくなるという現象が度々起こります。自分のやることに意味を求めすぎなんだな。意味ある何かを為せるような器でもないのに、こうでなきゃいけない、っていう理想に捕われてしまうことがある。身の丈を知ることは大切だな。きっと人間というのは一周回って開き直ってからが強い。無意味でもあほでもいいじゃん楽しいなら、ってなってる(今ここ)。
拍手ありがとうございますー!
この曲がいいなと思って最近よく聴いています。というだけの報告。
原作を読み返す機会があったので、最初からどわーっと読んだのですが、意外と短いんだなぁって思いました。今更。でも長さの割に密度が濃いのだよね。特に終盤の種明かしの辺りは一度読んで分かった気になって、少ししてから、ん? と混乱して、何度も読まずにはおれんです。しかし一向に、すっかり記憶することはままならんという……頭が弱い……
お絵描きリハビリ。
デジタルでどうやって描いていたのか忘れつつある……
地味に修正を重ねている(限界)
こんにちは。
音楽系ゆるゆるパラレルはあれで完結です。ということで久々に、原作沿いの短い連載物を出しました。この時季に合わせたというのもある。ひー。
ひー、って言うのは、これまた自分一人が楽しいだけな感満載だからです。危険を感じたらお戻りください。誰しも心の平穏を脅かされたりするべきでないと思っているので。私も苦手なものは(若い頃に比べ最近ではあまりないような気もしますが)避けて通ります。逃げるが勝ち。
たびたび拍手ありがとうございます!
さて先日、ひょうげんのふじゆうてん行きたい、と書いた直後に、展示が中止に追い込まれるという事態となりました。見たかったよ……休暇中唯一のお出掛けだったのに_(┐「ε:)_
一連の出来事にはいろいろな問題が含まれていると思っていて、そもそも、行政側が表現への「検閲」を行ったことが一番怖いよな、と私は思います。公的に開催するものだからこそ、行政の気に入らない展示は排除する、ということを行ってはいけないのではないか。表現の自由はもちろん、内心の自由まで脅かされる社会に私たちは生きている。結構やばいとこまで来たな、というのが、今回の一番の感想です。
で、行政の気にいらないもの、というのがすなわち、戦時下における他国への加害・暴力に関するものなのですよね。(形ばかりではあっても)政府としては被害国との「合意」を行っているにも関わらず、自国の非をみとめられない人たちの多いことと言ったら。政治家がそんなもんなのか、とも思いますが、大体、彼らを選出している我々がその程度なのです。展示への脅迫の中には、つい先日の京都アニメーションの事件を彷彿とさせる脅迫内容もあったと言うのですから……目の前の悲惨さを慎重に扱えない者が、過去の歴史(それも自分は生きていない時代)の悲惨さ、過ちに素直に向き合うことなどできないのも当然と言えば当然か。被害者としての歴史しか教えてこなかった、この国の戦後教育の最大の「成果」でしょうね。
とっても単純に、表現の抑圧される社会というのがここまで完成されていることに、恐怖と怒りを感じます。曲がりなりにも表現することで自己を守ってきた人間なので、自分の安心できる場所が着々と奪われている現状には焦りを覚えます。心の自由がない。こわい。
あと今回のことで、芸術性のないものに表現の自由を主張するのはおかしい、との声もありますが、関係ないよ……とがっくりきます。憲法で保障されている「言論、出版その他一切の表現の自由」というのは、私たち個人が発する言葉も含むものです。極めて日常的な自由なのです。
でね、表現の自由と言うなら差別発言やヘイトスピーチ、創作上の(行き過ぎた)性表現も守られるべきだろ、って言う人たちがいます。大事なのは、誰か(あるいは特定の集団に属する人々)の人権を侵害してない? ってことじゃないかな。他者の人権を侵害してまでも許される自由って何……? って私は思うのだけど。
思いのほか長くなってしまった……とにかく言いたかったのは
・表現の自由を脅かす検閲はいやだ
・加害の歴史に向き合え(自戒をこめて)
・人権を侵害するような表現には制約がある
ってことでした。書いたら自分が何をもやもやしてたのか分かった。ふむ。
これおたくこそ冷笑とか知らんふり決め込んでないで考えなあかん問題ちゃう? って思うのよね。人の多い場所では怖くて言えないけど。言いたいことは以上です。
ちまちま遊んでいた……癒やし……
凹んでもこうやって持ち直します。メンタル硬度は豆腐レベルだけど何たって図太い。図太い豆腐。
拍手をいただいて這い上がりました。ウウ……ありがとうございます。
たぶん、なのだけど。
自分は悪いものだけでなく、もちろん良いものも受け取りすぎる傾向があるので、たとえば素晴らしい作品に出会ったとき、心を全部持っていかれてしまうのが辛いのだと思う。
いいことなんだけど、心が不安定なときにそういう状態になると、すっかり立ち上がれなくなるのだよね。ずっとその作品の世界に浸ってしまって、感情移入して、自分自身の感情を失くしてしまう。何も言葉が出てこなくなる。そんな感じ。
そうすると、自分の言葉を拠り所にしている表現というのが、一切手に付かなくなる。で、ああ何も表出できないおれはクズだ、もう何を書いたって意味がない、やめちまおう、になる。
感情の振り幅がでかすぎる。不器用とかのレベルではなく単に頭がおかしい。何でもかんでも深刻に捉え過ぎ、ていうか自意識過剰、とよく叱られます。その通り。
何も無い凡小な自分というのを、もう少し受け容れなければならない。あるいは感受性を閉ざす。ふむ。
自分の仕出かす表現というのを、純粋に好きだと思うことが一番の薬のような気も。ちっぽけな自分を受け容れる、のと何だか相反するようにも思うけども。何だろう。等身大の自分をあいす? 月並みな言葉だがな。
こんな取り留めのないことを考えながら、ひょうげんのふじゆうてん、に行きたくて仕方がないここ数日。
稼働していない呟きアカウントの存続について考えていたのだが、まぁとりあえず連絡手段として残しておくか、と気楽に捉えながらも、あの場所にいるとしんどいのは相変わらずなのであった……ながれが速い、絶対時間の流れ違う、次元違う……
こんなことで悩んで怯えて時間を浪費することがそもそも情けない……一本くらい作文できただろうとか考えちゃう……
感受性強すぎるのが災いしているのだろうか? 感受性強いおたくはどうやって生きてるの???
だめだ。考えるのやめよう。考えるのはお話だけにしよう。この辺境の地を出てはならぬ……
業務連絡、
誤ったスタイルシートをアップロードしてしまっていたため、一日ほどサイトデザインが崩れていた可能性……ご迷惑おかけしていたらごめんなさい。
あと、またもや見えないところ(ソースコード)をもそもそ整理していたので、不具合があったら教えてください。一応、リンク確認は全部したはずなのですが。
時間があるとろくなことを考えない。
仕事に追われて、息つく間もなくどろどろしたものを吐き出しているときのほうがまともな気がする。
こう、日々寝落ちする感じでぎりぎりで生きていたいわ_(:3」 ∠)_
最近時間の過ぎるのがとても速いです。その日のことをまともに記憶できないまま、あくる日を迎える……いくつか、大事な夢を見ているような気がするのですが、目が覚めるとともに忘れてしまう毎日です。もう夢でしか会えない人たちと、どんな話をしているのか。忘れたくないことほど忘れてしまう。
中学時代の丸一年分の記憶が、まともにないんですよね。あの頃はまだブログなんかもやっていなかったので、手掛かりになるものが、美術の時間に描いた作品くらいだったりする。だから、美術室での一コマくらいしか思い出せない。何があったんだろうなぁ。よほど恐ろしいことがあったのかもしれないけれど、自分を失うことが怖いので、考えないようにしています。こわい~~
そんなことをあれこれ考えると、自分のことは自分が誰より知っているなんて、どんな幻想だよと思って途方に暮れます。私は、これこそが自分だと言えるものを本当に持っているのだろうか。とかね。ぶれぶれに生きてます。
という余談はまぁ置いておいて、月曜日は選挙結果を追っていて寝不足でした。早めに寝ようと努めた一週間でしたが、一気に暑くなって熟睡できず。こんなだから余計に記憶があやふやになるのかな。
どなたかが、「一度の選挙で大きな変化を起こせなかったからと言って、落胆したりしない。自分は100年スパンで見てるから」という旨を呟いていて、ほんまそれなと思いました。社会の闇はなかなか深いものだと思います。それを一日で塗り替えられる訳がない。そんな簡単なことだとは思っていない。「権力ではなく国民を縛りたい」改憲勢力の皆さまをもっと切り崩してやりたかったのが本音だが、それこそ一朝一夕でどうこうできるものでもないので。
頭悪いし、そもそも人に働きかけるのしんどいし、政治的な発言って苦手なんですが、これもどなたかが「表現者は自分のできる手段でメッセージを発信していかなければならない」と言っておられたのはその通りだと思って。自分の指針の一つにしています。
ていうか、今回の選挙はこれまでにない変化あったんじゃない? 国会、バリアフリー化進めるってよ。ようやくここまで来た。
拍手ありがとうございます。以下お返事です。
>blog読んでます……の方
コメントありがとうございます。自分も近い仕事をしております。まさかこんな風にコメントいただけるとは思ってもみなかったので、驚くとともに心底嬉しいです。こんなこと書いたら引かれるよなぁ、と思っていたのですが、今は、思い切って書いてよかった、という気持ちで一杯です。いただいたメッセージを何度読み返したことか(笑) 思いも寄らず元気をもらってしまい、むしろこちらがお礼を言いたいばかりです。ありがとうございました!
こんにちは。
まずはじめに、先日起きました京都アニメーションの放火事件について、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。
第一報を聞いたときは、まさかこんな大惨事になるとは思いもしませんでした。
苦しい思い、恐ろしい思いをしながら亡くなっていった方々のことを思うと、胸が痛みます。突然、日常を奪われる形となり、どんなに無念でしょう。ショックが大きく、言葉が出ません。
今も治療を続けておられる重症の方が多数おられると聞きます。一刻も早い回復を願ってやみません。
さて、今回の事件に乗じて、民族差別の煽動を行う人たちがいるようです。
今回に限らず、何か事件があると「日本人のやることとは思えない」「外国人(特に近隣国)の仕業ではないか」などと声高に言う人がいます。こういう人たちは、事件に胸を痛めるでもなく、日々差別の機会を窺っているのでしょう。被害者に対しても失礼極まりない行為だと思います。
ヘイトの蔓延するご時世だからこそ、こういった悪質なデマに惑わされないだけの良識、知性を個人が持たなければなりません。
また、事件に対するコメントとして「素晴らしい作品を生み出す素晴らしい人たちが犠牲になるなんて許せない」という内容を見かけます。それは、そうなのですが。「何も生み出さない、何もない人たち」だって、他者に命を奪われていいはずがありません。
今年もまた、風化されていくのでしょうが……相模原での障害者殺傷事件を思い出してほしい。犠牲者の方々は、「生産性がない」「生きていても仕方ない」という理由で命を奪われました。あのとき、世間はここまで大騒ぎになっただろうか。容疑者を擁護する声が多かったこと、忘れてはいけない。「生産性=命の価値」という方程式は、私たちの社会に根付いている。それをもっと自覚しなければならないと思う。
人々が、憎悪ではなく信頼と優しさで繋がっていく、そういう世界にはできないものか。
そんなことを思う今日この頃です。
どんな人の命も軽んじられてはならない。弱い立場の人々にこそ寄り添える人に、国民の代表として頑張ってもらいたいです。
明日、選挙に行きます。
ゆるいパラレルを始めました。
書き始めたのが春先だったので、ちょっと季節感がずれてきていますが。
あと、パラレルに関連して作った同人音楽?も上げておきます。ひえー。
作業環境がお粗末なばかりでなく、体調が不安定で音の聞こえ方がめちゃくちゃという「どうして音遊びしようと思った」みたいな状態で作ったので、残念クオリティです。さすがにミキシングをやり直そうと思ったのですが、作業し始めてすぐ、単にセンスがないだけの問題だと気付きました。ということで残念なままアップします。言い訳すらできないこの感じ( 'ω' )
そういえば、カウンターが3万を超えました。ありがとうございます。
何かしたほうがいいのか……いや、下手なことはしないほうがよいのか? お礼の仕方がいつも分かりません。はて。
それにしても、こうやって細々とやりたいことをやっているのが性に合うようです。温かく見守ってくださる方々には日々感謝です。
19-07-07 追記
遅ればせながら、拍手のお礼を作りました。
あれっ今日七夕だ、と思って慌てて?書いたものと、気付けば一年くらい前に書いて放置していたもの。拙いけどお礼とか言い張る<( 'ω' )>ドーン
しかしこうなると、既読フォームの存在意義がよく分かんなくなってくるのだよね。拍手撤去して完全こっちに移行するつもりだったのに。うーむ。暇なときに何とかします。
ようやくアンドロイドぱられるが完結しました。
あとがきにも書きましたが、いろいろと癖が強い話だったので、更新の度に脅えておりました。お付き合いくださった方には頭が上がりませぬ。
しばらく長い話が続いたので、次は箸休め的な軽ーいものを出します。お遊びで作ったくろふぁい曲も……出そうか。
そういえば、更新再開してから一年が経ちました。正直、短文を数本書いて満足するのだろうなと思っていたので、一年持ったことには驚きです。まだ書きたいものがあるのでもう少し頑張りたい……
6月はリアルが悲惨だったこともあり、小説を読んだり、音楽を聴いたり、珍しくゲームシナリオの世界に浸ったり、とほぼ消費者に徹していたのですが、いいものに触れてエネルギーチャージできたかなぁ。自分の表現活動の最大の原料は、抑圧された怒りや悲しさという、非常に根暗なものなのですが(笑)、そういう負の性質ばかりでは燃料も枯渇するので、たまにこうして「取り込みまくる期間」を設けたくなります。まぁ、いいものに触れていると、自分のやってることがカスすぎて逆に気力を削がれるという場合もままあります。一種の賭けである。
拍手ありがとうございます(愛を送るポーズ)
先日、自身の願望を反映したかのような夢を見ました。
なぜか中学時代の通学路を歩いているのですが、ふとスマホを見ると、くろふぁいを主人公にした新作出ました! と公式発表が。なにー! 最高か! 道を引き返して本屋さんに行こうかと思ったところで、こんな飛び付き方をしたらきっと店員さんには趣味が丸分かりじゃないか、と今更ながらの羞恥を覚え、まごまごしているうちに目が覚めました。新作読みたかった……←
はい(笑)
既読フォームにご回答ありがとうございます。
文章(地の文)を好き、と言っていただけるのは、ぶっちゃけ一番嬉しいです。
そしてそして、拍手もありがとうございます。
>うみ様
呼吸が聞こえるような……素敵な表現に、恐れ多い気持ちで一杯です。書きたいものだけ書いて、あちこち足りないようなお話ばかりですが、これからも(少しずつ精進しながら……)書き続けたいと思います。メッセージありがとうございました!
こんにちは。
とりあえず次の休日まで身を持たそう、とその場凌ぎ的に生きるうちに、時間を浪費しているような気がして仕方のないわしです。毎週この場所に何とか戻ってくることを目標にしてやり過ごしている。ふう。
先日、スマホ内を断捨離していまして、某メッセージアプリのトーク履歴もばんばん消しにかかっていました(薄情)一時は久し振り、とか言って何度かやり取りした人の中には、たぶんもう一生会わないだろうな、という人もいるので。会いたいと思いつつ、もう10年も会えないでいる友人たちもいる……そう思うと本当に、時間ってはかないものです。月並みな表現だけども。
で、もう絶対に使うことのないグループもいくつかあるのですが、そのトークの中に、会いたくても、どんなに願っても二度と会うことのできない人の話が何度も出ていて――その人がまだ生きている頃の記録が残っている訳で、決して心許せるグループではないけれど、それがために消せないでいます。
時間って、誰にも構わず流れていってしまう無味乾燥なものだけど、自分にとって大切な人が生きていた時間というのは、何か全く別の色、あるいは特別な匂いのするような気がする。自分の中で、他の時間とははっきり差別化されて存在する。こういうのを思い出の美化とか言うのかもしれないけれど、美しいというよりは、憧れに近いんだろうな。どう足掻いたって手にすることはできない喪失への憧れ。ある日を境に、時間ははっきりと色を変えている。
その変化を経験したことで、以前の自分には決して書けなかっただろう一文を書くことができるようになったりするのだ。どんなに他者を避けて生きていても、愛しいと思うのはやはり物質であるはずもなく人間に対してだし、この自分を形成するのもまた人との関係性なんだな。なんだか妙な感じがする。他者と関わる限り私は自己を偽り続けるけれど、そうして誰かと関係性を築く自分が、全くの作り物とも言えない。こうなると、本当の自分はどこにあるんだろうとか考え始めるので、収拾がつかなくなる。
そうしてそろそろこの雑記も着地点を見失っているではないか。もういい加減にして、ゆっくり過ごします。
この場所で書くことがあまりにもなさすぎるんだなぁ。いつも取り留めのないことをだらだらと書いてしまう。悪い癖です。
6月ですね。
急にどうした、という感じでくろふぁい再燃してから、早一年くらい経ちます。
昨年の雑記を見てみたら、リアルが困窮すると癒やしを求める……とか何とか書いておりまして、そんなしんどかったかな、と生活を振り返ってみたら……ええ、だいぶしんどかったです。ありゃくろふぁいくらいないとやっていけないですわ。
今もそこそこしんどいですが、人員が充足しているのをいいことに、「給料以上の労働はしない」と開き直っているので大丈夫です。生きるために働いているのであって、間違っても組織のために働いている訳じゃあないんだぜ。強気でいったろ。
最低賃金1500円実現してほしいですね。そしたらみんなもっと創作に没頭できるよ!!(不純)
ぼちぼち新しい書き物に取り組んでいます。
ネタを一つ形にしたら、また別のネタが浮かんで止まないといういたちごっこ状態。
幸せなことなのでしょうが。どうしたら長く燃料をもたせることができるのだろう、と考える今日この頃。自分の場合、反応が多ければいいというものでもなかったので(もちろんリアクション戴けるのはめちゃくちゃ嬉しいのです)、完全に個人のやる気の問題でしょうね。
まぁあまり考え過ぎず。ちょっと足りないくらいでいきます。そのほうが貪欲に書き続けられそう。
最近はドラムよりもベースをやってみたい気持ちが強いです、というどうでもいい報告。ただでさえ楽器が場所を取るのに、安易に新しい子をお迎えしてはならない……とりあえずアコギの弦を新調して気を紛らわせようと思います。絶対効果ない。
暑い日続きで疲れているところに、仕事柄子どもたちと遊び回る機会があり、とどめを刺されました。若者の若さを吸い取るどころか、残り少ない生命力を吸い取られた気がする。ということで、しようもない雑記はこの辺にしてさっさと寝ます。
そうそう、いつまでも終わらない~~と思っていたアンドロイドぱられるも、あともう少しのようです。もうしばらくお付き合いください。
完結したら、今度こそほんとに軽~い感じの出します_(:3」 ∠)_
低い目標、不純な動機で取り組むほうが、物事は長続きするのだとか。分かる気がする。まぁわし程度の人間に、高尚な動機など生じ得ませんが。不純オンリー。
拍手ありがとうございます。
さっき、「なくなった大切な相手の身の一部しか持ち帰ることができなかったら、どの部位を選ぶか」という趣旨のツイートを見かけて、
「持ち帰るも何も、オレ自身が彼の左腕なんだよ……」って哀しく微笑むフローライトを受信してしまい辛いわしです。こんにちは。
原作者様の当初の構想を裏切ってファイが生き延びた、という裏話(ファンブック参照)に驚いたのも記憶に新しい。
てっきり、ファイが生きることを選ぶようになるのと、黒様が真の強さを理解する描写というのは、計算し尽くされたものだと思っていたのですが。いや、どこかの段階で計算し直されし尽くされたのやもしれませんが、とにかく意外でした。ふむ。
しかし片腕落とすなんぞ、解剖学的に考えてリアルな出血量を想像してしまい、こちらのほうが顔面蒼白になります。果たして愛があってもできることなのか……愛が深すぎる……
あと、関連してなのだけど。
義手の対価として残された魔力を差し出すあたり、吸血鬼として生きることを受け容れた=黒様とともに生きることを決めたってことだと思うと、もう……言葉にできない……
末長くお幸せに……_(。゚3 」∠)_
ここしばらく重苦しい話ばかり書いているので、どうしたものかとも思っているのですが、本家の彼らの愛が重すぎる(当人たちにとっては普通である)以上、引っ張られて重くなるのも仕方のないことと諦めております。
どうしたものかと言いながら、重く沈んでいくのも嫌いでない自分。根暗です。
▼ 黒様が好きすぎてつらいフローライトシリーズ(女装御免)
作文、らくがき、音楽では飽き足らず、あらゆる手を尽くしてくろふぁい表現をしないと気が済まない病気にかかっています_(:3」 ∠)_
アバター作成アプリ楽しいですね(しろめ)
片っ端からアプリ落として遊んでいます。出先で仕事するために買ったタブレットが、完全に遊び道具と化している。そんな今日この頃。
というか、出先で仕事なんぞしなくて済むような世の中になってほしいものです(しろめ)