こんにちは。『春還』更新してきました。
今回も結構辛い回です……ごめんなさい……。そして自分でも信じられないのですが、次で最後です。見届けていただけると嬉しいです。
今週は帰省していました。執筆作業をするかもと思って、スマホスタンドとキーボードを持って行ったのに全く使いませんでした……。帰省中は人と会う予定を入れてしまうので仕方がない。ならばせめて自作品鑑賞という名の読み直し作業を進めようと思っていたのですが、疲れ果てて寝てしまいたいして進みませんでした。そう上手くは行かぬ。
父が良かれと映画をたくさん観せてくれるのも、結果ストイック作業を離れて休息できる一因だったりします^^; 私は活字と音楽は過剰摂取の気があるのですが、映像作品のインプットはかなり少ないほうだと思うので、映画好きの両親にインプットの面で創作を支えてもらっている気はしている。
視覚・聴覚両方を拘束される映像作品(テレビ)というのが昔から苦手で、なかなか自らインプットしようという気が起こらないのです。でも「観る」環境に置かれるといろいろ発見はあって、たとえば時代考証の面ですごく参考になるなとか、カメラワークなんかは小説における情景描写に通ずるところがあります。一話完結型のドラマの場合は、脚本の構成の仕方が短編を書くお手本にもなります。
一つのことしかやっていなかったら気付けないようなこと、知れるのは面白いです。創作は孤独な作業の連続ですが、インプットは極めて社会的な過程を含んでいて、誰かとの対話や、他者の価値観への暴露があるからこそ深まるものがある。内的言語を豊かにすることで、表現するものも変わる。そうして作品としてアウトプットされたものが、また誰かにインプットされ何かを育む一要素となるのだとしたら面白い。
私には人々の言うような「生産性」はないけれど、ヒトの思考の循環には加わって生きているのだと思うと、こんな生き物らしくない生き物が生きるというのもまぁ無駄ではないと思える。固定化された生き方をなぞらない人間がいることで、救われる人もいるのではないか(少なくとも、そういう人が増えればそれだけ、世間の認識や価値観は変わります)と思うので……なかなか精神的に堪える部分は多いけれど、いばらの道を進みますわよ……。
身も蓋もない言い方をすると、「普通」に生きられるならばとうにそうやって生きている訳で。よほど奇人なんだろうなと思います。擬態は難しい。
拍手ありがとうございます。♡コメントも可愛くて嬉しいです(♡ˊᵕˋ♡)
サイト管理の一環でリンク先の生存確認をしていたのですが、「ツバサwebリング」さん消失していますね……。そして、古の黒ファイ民の聖地「黒ファイbookmark」さん、サイト自体は健在ですが、CGI(プログラム)のエラーで実質機能しない状態になっていることに気付きました。出力されたエラーログによると、FTP転送時のモード不適合でプログラムが機能していない可能性もあるらしいけれど、少なくとも5ヶ月前の訪問時には機能していたはずなので、サーバーの(Perlの)バージョンアップによって古いプログラムが動かなくなってしまったパターン?
CGI分かんないのに適当なことを言っています(Perlってドラム? あそれはPearlか、というレベルです)。管理者さんにメールをしておこうかな……。
(➡15:36 メールにて報告いたしました。送信エラーが来ないのでメールアドレス自体は生きているようだけど、果たしてご覧いただけているか……)
CGIの配布元が跡地と化していることも分かったのですが、それはつまり今後配布元からプログラムの修正が出る訳でもないということで、同CGIを使ってサイトを作っている各管理者が個人で対応しなければならない可能性……。なかなか望み薄だなぁ。サーバーさえ現存していればいいという問題ではないのか。厳しい現実を知りました。
古の個人サイトを保存していく人になりたい笑 黒ファイ保存会……そういう仕事はないかね……
PR