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□    無題
こんにちは。日がな一日PCに向かってテキストエディタと睨めっこしているんですが(体に悪い)、いろいろ行き詰まっているので雑記でも書くことにしました。
小説の書き方というのを全く勉強したことがないというのはマズイのかな、と思って、何となく調べてみました。最近気にかかるのは、地の文と会話の比率です。自分の書くものは極端に会話が少ないんでは、地の文という内省に頼りすぎなのでは、という危機感がありまして。書いてて自分でもダルくなってくるので、読むのは大層しんどいと思います。自覚はある。
で、調べた結果散見されたのは、「会話:地の文=3:7~4:6」辺りが一般的ではないか? という意見でした。まぁこれもね、その辺のブログ記事見ただけだから怪しいけど。たぶん本当に才能ある人はそんなこと意識しなくても魅力的な作品を書かれるんだろうな。なんて言うと敵を作ってしまうかしら。
3:7なら救いがある、と思って自分の書いたものをざっくり計算してみたところ、2:8~3:7辺りに落ち着きました。1:9とかは見なかったことにした←
もちろん、場面場面によって雰囲気が異なるので、必ずしも通用する目安ではないと思うのですが。昨今主流のweb小説に比べたら、やはり会話文が少ない……

会話として表出されるものは、内面のうちのほんの一握りだと思っていて(自分が思考多動型だからかも……授業中立ち歩きとかはしなかったけど違うところで手のかかったタイプ)、そうとなるとどうしても地の文で書く要素が多くなってしまうんだよな。
結局、小説であれ何であれ表現というのは、主観をもとにした(時には客観的な)世界の再構築だと思うので、自分の中の“当たり前”が色濃く反映されてしまうのは仕方がないのか。
となれば、「おまえが書いているのは極めて主観的な世界なんだぞ」というのをもう少し意識しなければならない。自分とはよくよく距離を置いて作品を見詰める訓練をしなければならない。
なんたって成人するまで、万人が万人、常に頭痛の中で生きているのだと思い込んでいたからね……みんなそれでも高度な仕事してすごいなって思ってた。片頭痛ない人の感覚が分からない。

……そうか。定型発達の人は、何か考えてないと落ち着かない、なんてことないんだもんな。あんまり炸裂した情景描写すると引かれるのはそういうことだったのか。気を付けよう。

ここからは余談なのでスルーしてください。特に私の思想に我慢ならない方は(そもそもブログご覧になったりしないと思うのですが)特に。
そんなこんなで小説の書き方を今更ながら調べていたところ、なかなか説得力のある解説をしておられる方がみえて、素直にすごいと思っていたのです。で、この方の他の文章も読んでみたい、と記事を漁っていたところ、とんでもない地雷を踏みました。ひえー
つまりは、「日本人スゴイ」感満載でして。伝統文化は私も大事にしたいと思っているけど、一方で他国の文化を軽視し排除しようとする姿勢には「???」としか思えません。なんか言ってることとやってること違くない? ってなっちゃう。自分の国、しか大事にしないのか。
あと戦争賛美も我慢ならんかった。「国を守るためには戦争も仕方ない」って言う声は少なくないが、そうなのか? もうちょっと……進歩してみない? って思う。21世紀だぜ?
大体守るも何も、国民がいなけりゃ国家は成り立たんのです。その国民を大勢死なせておいて守りたいものは何なんだろう。じゃあおとなしく侵略されろっていうのか! とキレられそうですが、そんなこと言うてへんやん。侵略せず、侵略されない関係性を築いていくのが知的な「スゴイ」国家じゃない? 外交お得意な方がトップにいるなら大丈夫でしょ? 外交のなんちゃら言うなら本気見せろよって思う。
あと、社会主義/共産主義では自由がないっていう誤解もな……それらを民主主義の対義語だと思ってる人多すぎ。民主主義の反対は独裁主義です。頼むからそのくらい理解してから発言してくれ(涙)
社会主義/共産主義の反対って言ったら資本主義になる訳ですが、私はこのコロナ禍において、資本主義社会の限界を感じています。自由競争で利益を追求する仕組みでは、貧富格差が拡大するばかり。おまけに新自由主義と相性がいいので、人々は自己責任を強要され、政府は出来る限り手を引いてどんどん民営化しようとします。
自粛で経営困難に陥り廃業する人、自ら命を絶つ人、身近な人の命を絶とうとする人。連日悲しいニュースが入ってきます。諸外国のような経済的支援がなぜできないのか。一度金を出したら今後も国民にせびられる、とでも思っているのかもしれませんが、こんな時に金出せねぇ奴が税金取るなよと。
ベーシックインカムがいいのか悪いのか、私は専門ではないので分からないのですが、定期的な収入があったら国民は働かずに堕落する、っていう決め付けもどうなんだろうなぁ。働きたい人は収入あっても働くでしょ(そういう人知ってます。自分の楽しみのために働くのだと……そんな台詞言ってみたい)。働かざる者食うべからずの社会より、働かない人も働けない人も生きてていいんだよ、って社会のほうが優しくない?
生活保護バッシングとか、あいつ働いてないのにずるい、みたいな感覚って、格差社会だからこそだと思うんです。みんな生きていくのに必死だよね。きつい仕事、嫌でも続けてるもんね。その割に報われないもんね。誰もが最低限報われる世界だったら、僻みや妬みで分断されることなく、互いの違いを尊重できるんじゃないかしら。この尊重ってのは、「私もあなたもスバラシイ」ではなく、「私とあなたは違うし、別にたいしたことない人物かもしれないけど、それでもいいじゃんね」っていうニュアンスだと思ってる。スバラシくなくたって生きてていいんだよ。人生エンジョイしていいんだよ。
降りかかった不幸も「自己責任」と言われてしまう社会じゃあ、感染者が謝罪するような空気になっちまうわな。市民同士で監視し合って変なの。営業通報って何なの勘弁して。自粛しろ、だが金の世話はしねぇ。飢えるあまり営業しようもんなら晒すぞって。え? 今のほうがよっぽど自由なくない?
やっぱりさ……国として体を保ちたいなら、せめてポーズでも「人の命と生活守ります」って姿勢見せなきゃだめだと思うんだよ。新自由主義万歳なのは知ってたけどどこまで手を引くつもりなんだ政府、って思ってしまう今日この頃。取り繕うことさえしない感じがいっそあっぱれ(褒めてない)
本当に国を愛するってどういうことなんでしょうね。あかんことにはあかん言わなあかんやろ。愛していればなおのこと。

そんなこんなで、「さぞ魅力的な作品を書かれる方なのだろう」と期待して開いたウェブページは閉じました(笑)
なんかな……人と人が通じ合うための言葉を作品として扱う人が、権力に媚びた、排他的な思想を持っていることに疑問を感じる。ショックだった。まぁ作家()の中にもネトウヨはいますからね。消費者がネトウヨならそれも成り立つ訳か。
単に小説をどう書くか、ではなく、もっと大きなことを考えさせられたように思う。疲れた。本来の目的じゃないとこで疲れた。
こういうこと書くとパヨクとか言われるんでしょうが、右も左もあるかいな。私は私、ど真ん中を行くのよ。そもそもそういう、名付けられた集団に属するのがキモイので無理です。だってマイノリティの権利、とか高らかに叫ぶ団体に顔出しても、問答無用で戸籍上の性別扱い受けるんだもの! 誰も信じられっか!
ということで別にどっかの回し者とかじゃありません。眠い。

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